五月の雨はレンヌの野にとめどなく降る

五月の雨はレンヌの野にとめどなく降る

見た番組の感想が多くなるはず。

旅の補完 寝台列車編 ♯3(5/6分)

と言う事で、深夜の函館駅での徘徊は続いてた…つか、やっぱりコレ
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コレが
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有ると、「あー、旅行だなー!」と思うのは今や、ある程度歳行った事の証明になるんだろうか?
子供の頃とか、大阪駅,京都駅なんかに行くと、こう言うのがズラズラー!っと並んでたけど、今じゃポツン・ポツンと残ってるだけでも珍しい感じ。
 
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函館にお別れの挨拶をして、あとは寝るだけ…と言っても、青森着は06:00前だから2時間の仮眠程度。
それでも昼寝が利いてたから、昼間の頭痛も何処へやらで、「別に寝なくても大丈夫じゃね?」って気もしたけど大人しく寝た…青函トンネル迄は。
 
 
05:40青森到着(あれ?定刻だったかな?)と言う事で…
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はまなす』、お疲れ様でした。
 
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運転士さん、お疲れ様でした。
 
当然?到着前から先頭車へ移動しといて、到着と同時に機関車を…と言う事で、お休みの人に悪いから05:30以降に行動開始したけど、結構寝てはる人が多かった。
で、その座席車見て大昔に、夜行列車(寝台じゃないよ)に乗った時の車内風景を思い出した。
ま、『はまなす』はまだ自由席でもリクライニングするみたいだけど、大昔乗ったアレは所謂『ボックス席』で、寝付く迄往生したし、寝られても眠りが浅かったな…混んでたし。
でも、そう言う『昔の夜行列車』な雰囲気とか、今でも感じられるのは『きたぐに』は臨時化+B寝台のみなので、もう『はまなす』しか無いんだよな?
自由席は根性無いけど、ドリームカーには乗って一夜明かしたい(出来ればお客さんの少ない時期←だったら、カーペットカーも狙うべきか)。
 
で、ED79が離れるトコを野次馬しといて
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で、ED79
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「あそこへ周れば良いのかな?」と跨線橋を渡ったら、やっぱりコッチに来て
 
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 で、反対側と言うか到着した方には
 
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まだ残ったままでして、「見送ろう」と思ってたけど中々お迎えが来ない。
いい加減「はよ、迎えに来たれ!」とか思ってたら、やっと
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来た。
 
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結局、到着から1時間弱居たのか?
 
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日本海』の時って、もっとチャッチャと連れて行かれてなかったっけ?
 
 
オマケみたいな?
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取り敢えず一度外に出た。
その後は東青森駅へ「貨物列車見れるかな?」と移動する。
青森のデイユースは11:00からの予約だったので、10:00頃に戻って来てから『のっけ丼』→チェックインの心算で、リミットを9:30頃と考えてたら、丁度9:24の列車が「それ逃すと戻れないよ!」なので、その計画で行く。
 
7:15東青森着。
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 丁度貨物の編成(で良いのかな?)が居て、タイミング的に良かったのかな?と思ったら…フォークが積み下ろしをするばかりで、一向に動き出す気配が無い。
 
 
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そのうち金太郎がやって来て…そのまま通り過ぎた…。
「また五稜郭駅での悲劇(喜劇?)が繰り返されるのか?」と思ってる内に、リミットの時間が近付く。
 
9:18金太郎通過。
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「コレで終了か…ま、最後に通過する貨物見れたから、空振りじゃなかったよね…」と、自分に納得させ掛けてたら
 
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EF510がやって来て、最初から居た編成と
 
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正にギリギリでした。
そう言えば、2月に来た時も最後の最後に金太郎が来てくれた。
東青森はツキに恵まれてるな…って、ダイヤも調べず来て、偶然が重なっただけと解かってます。
この後は青森へ戻る→のっけ丼でお腹一杯→爆睡と、良い流れだったな。
 
てな感じでキリが良いので、寝台列車編♯4へつづく。